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文武財神 財運を拝み出す

文武財神 財運を拝み出す

貧しい人も、富を手にしている人も分け隔てなく、發財することは一生の願いと言えるでしょう。そのため、神様の中で最も歓迎を受けるのは恐らく財神でしょう。今のところ、民間で信仰されている財神のタイプは色々ありますが、元をたどると、文武財神が比較的に正統な財神と言えます。毎年節目を迎える際、人々は忘れず玄関口に財神が描かれた貼紙を貼り、財神に次の一年において富をもたらしていただけるよう願います。通常、張り出される財神は「文財神」が多く、お顔は清らかで、白く、微笑んでおり、お祝いに相応しい冠服(服)をまとっていることから、人々が未来に抱く希望が更に美しいものになるようなイメージをもたらしています。

伝説によると、財神はお金持ちの家で拝んでいる神さまであり、貧しい家で財神を拝んでも力を発揮しないと言われています。なぜでしょうか?それは神様は貧しい人々は自分の力で富の道を切り開いて欲しいと願っていると言われ、「緊急を要することには手を差し伸べても、貧しさには助けない」と言われているからです。そして、この言葉から生まれたのが、「財神、妻を休ませる」という民間に伝わる伝説です。

 

この伝説のあらすじは、もともと財神には世間の財と富を一緒に司る妻がいました。ある日、乞食が廟へ来てお供え物をし、財神に彼に金銀財宝を与えてくださるようお願いしたところ、財神は聞いていたものの、相手にするどころか、眠ってしまいました。彼の横に座っていた妻はこの誠実な物乞いに何か与えたいと思ったのですが、金銀財宝は全て旦那である財神が管理をしているため何もできずにいました。気になった彼女は自分のつけていたイヤリングの片方を投げ捨て、この物乞いに与えました。ちょうそその時です。財神が目を覚まし、妻のやったことを知ると憤慨しました。彼の妻は彼が決めた原則をやぶっただけでなく、夫婦になった際の記念であるイヤリングをこの物乞いにあげてしまったからです。怒った財神は妻である財神娘娘を佛龕(ぶつがん)へ追いやりました。

 

もしかすると、神様の本意は人々にまずは自分でやってみてから、天の助けを求めて欲しいというものであり、何もせずに、富が降りてくるのを待っているという考えは好ましくないということかもしれません。財神が貧しい人を助けないという意味では決してなく、貧しい人も自分の生活のために努力するべきであり、自分の努力が実るように財神にお守りいただくようにすれば、どんなに離れた場所にいようと、財神はあなたの事を拒むことはないです。

TIPS

口訣(唱え言葉)

お線香を焚き、信者の氏名、旧暦の生年月日と干支、自宅住所と職業を伝え、文、武財神から財をなす氣を賜れるよう願い、財運が巡るようお許しをいただく。

 

 

時間

 

参拝時間は決まっておらず、昼まであればいつでも参拝可能。中でも、正月5日は財神をお迎えする日なので、財神を拝むには良い日。

神様ミニ百科

 

毎年年明け4日は人々が神様を迎え入れる儀式を行います。

「神様は早い時間に送り出し、遅めの時間に迎え入れる」というように、一般的に神様をお迎えするじかんは昼頃からはじまる。この日は灶神(竈の神様)も一緒にお戻りになる日でもあります。毎年年末の24日なると、灶神(竈の神様)は天へ戻り、玉皇大帝に担当する家であったその年の良いこと悪い事全てを報告し、年明け4日また戻ってきます。この時、神様に喜んで戻っていただけるよう、人々は盛大にお迎えし、またその一年家内が平安で順風満帆に過ごせるようお守りいただきます。財神を迎える時は必ず灶神(竈の神様)も一緒にお迎えすることで、更に吉がもたらされることでしょう。

 

 

参拝方法

 

①聖筊を神様のテーブルに1セット置く。

 

②文、武財神に自分の氏名、住所、生年月日と職業を伝える。

 

③文、武財神から財をなす氣をいただけるよう願い、財運が巡るようお許しをいただく。

 

④擲筊(チーチャウ)をする。擲筊(チーチャウ)する3回のうち、もし聖筊が出たら、文、武財神が認めてくださったことになりますが、もし聖筊が出なかったら、もう一度試してみる。もし何度試しても聖筊が出なければ、まずは済公師父のところへお参りに行き、彼のもつ扇で貧しい氣を追い払ってもらってから、再び財神にお願いしてみましょう。

 

⑤財神からのお許しがでたら、神様のテーブルの前に1冊の「財神銀行存摺」(財神銀行通帳)用意しましょう。

 

⑥通帳には自分の氏名、及び自分が求める財にたいする暗証番号5桁を書き込んでから、テーブルに置きます。

 

⑦お線香の1/3が燃えたころ、両手で金紙を掲げ、神様にお供えします。

 

⑧金紙を燃やします。

編集部だより
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